種オス149の出荷

昨年の12月に初めて種オスの出荷を経験して、あれから4ヶ月経って、今日二回目の種オス出荷があった。

2ヶ月弱くらい前に外部の偉い人が来た時、
「日令が行き過ぎているから出荷して新しいオスを仕入れなさい」と言われ、それから149を出荷すると決まるまでのあいだ、ぼくは「次はどの子だろうか」なんて嫌なことを考えながら精液採取をしていた。
とはいえ日令が行き過ぎていると言われたのは2頭だけで、その2頭はどのみちどちらも4月中には出荷しなければならないんだけど、どっちを先に出すか……採取台に乗るまでの時間や精液の状態など見れば簡単に決められるんだけど、ぼくはお得意の哲学脳に陥り少しだけ病んでしまった。

149は最近、採取台に乗らなかった。
毎回毎回4日周期でメスもいないのに必ず射精しなくてはならない暮らしが1年続いて、疲れちゃったのかな。

前回149の採取の時、ぼく頑張ったんですけど、ついに台に乗らないままタイムアップになってしまい、場長に相談したら「もうやらなくていい、出荷そいつにしよう」と告げられた。
出荷の日にちは決まっているのにどいつを出荷するのかをぼく自身で決められない状態だったから、その時は少しだけ肩の荷がおりた感じもした。ギリギリまでぼくに悩ませた場長はとても憎いけど。

今朝いつも通りにエサをやって、今日は別の豚の精液採取があったからそいつらの仕事をして、終わって、後片付けをしていると副場長がオス舎へやってきた。
心の中で「出荷の時間が来てしまったんだな」と思って、副場長を少しの時間見つめてから急いで149に水と餌をやった。
今日出荷しても屠畜は明日だから、それまでにお腹すいたなあ、のどかわいたなあと思ってほしくなかった。

副場長は向こうにいる誰かの合図を待っているみたいだったけど、間もなく右手を上げて、ぼくのほうに振り向いた。
ぼくはできるだけ冷静に「出すね」と言って、ストールの前部分を開けた。

ストールの前を開ける時ってのは豚を出す時で、豚を出す時ってのは149にとってはここ1年は精液採取の時しかないわけで、だから採取場の扉が閉まっていて149は「?」って顔をしながら採取場の前を通り過ぎ、1年前に入ってきた扉を出ていった。

できれば出荷台へ見送りをしたくなくて、しばらくオス舎から副場長が149を後ろからぶっ叩いたりして追い立てる姿を見ていたけど、オスは力じゃどうにもならないんだよね。人間なんて簡単に殺せるくらい強いんですよ。
それで149はやっぱし動かなくて、ああ、仕方ないなぁって、ぼくオス舎から出て先回りして149の前に立った。

そしたら149は「お姉ちゃんだ~!」だって顔して走り出した。オスは力じゃどうにもならないけど、信頼としつけでどうにでもなる。
ぼくがオス舎の担当になってから、オスは全頭前に立って口笛ふけばぼくんとこに来るようにしていた。
豚は犬と同じで条件付での学習ができる動物だから、でも、色々試行錯誤して得た、ぼくの自慢できる技だ。

ただいつもとは違う環境だし興奮して突進されたらひとたまりもないんだけど、ぼくはその時、別に死んだっていいやって思った。
だって殺すために出荷台に連れてこうって口笛ふいて呼んでるんだからね。
人間のために死ぬんだから。

自然と副場長とバトンタッチして、結局ぼくが出荷台まで149を案内する羽目になった。
何もしなくても出荷台までるんるんってついてきて、ほかの豚たちに混じってトラックを待っていた。

前回出荷した967は性欲枯れ果てぬままの出荷でメスたちに会えて喜びながらトラックを待っていたけど、149はもう女なんていらないって顔して、ぐるぐるまわってぼくのとこに戻ってきてタッチ(鼻をぼくの手のひらにパチンってやる技)して、またぐるぐる回って戻ってきてタッチして……ってのを繰り返して、ぼくはもうたまらなかった。

やがてトラックが到着して、副場長とかゆったんとかがオラオラ行けよ~って豚を搬出しはじめた。

149はお利口だからトラックに行きたくないわけではなさそうで、ゆったんに背中ポンってされて暴れもせず出荷台を出ようとしたけど、ふとこちらを振り返って、また戻ってきてしまった。
戻ってきて、それで今度はタッチじゃなくて「なでて」って顔を突き出して、ぼくの顔をじーっと見てきた。

後ろでは慌ただしく豚の悲鳴みたいな声とか人の怒鳴り声とかが聞こえて、ほかの豚が出荷トラックへ乗せられていくんだけど、一方でぼくと149のあいだはとてもとても、静かだった。

甘えている149の大きな顔を、ぼくは両手で大げさになでた。鼻の上、耳の後ろ、顎の下、全部をワシャワシャってなでた。
そしたら満足して、149は自分からトラックへ向かっていった。振り返らず、止まらず。
変なの。家畜が、家畜なのに、ぼくにお別れを言いに来たみたいに思っちゃったよ。

出荷報告に必要な個体識別カードを取りに、早足でオス舎へと戻る。
戻る途中で、ツーって静かな涙が出た。
泣き崩れたら止まらなくなるから静かに涙流しながら、できる限り何も考えずにオス舎までたどり着いて、真ん中にいた大きな149がぽっかりいなくなってるのを再確認した。
でも崩れたらいけないって、涙腺をギュッと締めた。

個体識別カードを外す。
そこには「2017年10月1日生、2018年4月1日導入」って書いてあって、その下に場長の字で「4/1 トレーニング○」とあった。これは去年の4/1のことだろう。

つまり去年の今頃ここへやって来て、まだ小さかった149を、場長が採取台に乗るようにトレーニングしたんだろう。最初はどんなだったのかな。落ち着きなかったのかな。どのくらいの大きさだったのかな。

さっきまで我慢していた涙が急にドバドバ溢れてきて止まらなくなりグスングスンとやっていると、ほかのオス達が「お姉ちゃんオレ達がおるで~」とツナギの裾を引っ張って慰めてくれた。

その後149のいたストールの中に入り念入りに洗っていると、隣の368が「お姉ちゃん大丈夫?てかその水くれ」と柵の間から顔を出した途端挟まって抜けられなくなるという事件が発生した。

抜けられずに痛がって物凄いギャンギャン鳴くものだから、場長がニコニコしながらやってきた。
場長が微笑みながら368の顔面を向こう側に思っきし蹴っ飛ばす。するとスポって顔が抜けた。
良かったな……とひと安心していたら、場長が「はい」と牙を手渡してきた。折れとる。

まあそんなおバカな事件があったおかけで、男の大事な部位を失った368には悪いんだけど、本当元気出た。

4月の下旬にまたもう一頭の大きなオスの出荷があるんですけど、その時はどんな気持ちになるだろうね。967の時も今回の149も、これ以上の悲しみはないって感じだったから、少しでも慣れたい気持ちはあるんだけどね。


149くん、一年間お疲れさまでした。
ぼくが入った頃は性欲旺盛で元気だったのに、日に日に精液量が減り、台に乗らなくなっていくきみを見るのが辛かったです。

けど本当、かわいかった。
1番体が大きいのに1番甘えん坊で、ぼくがオス舎に入ると真っ先に起きてタッチをせがむ。
タッチしたら口元を緩めて笑顔のような表情で舌を出して喜ぶきみの人懐っこさは、ぼくをメロメロにしたよ。

カードにも「トレーニング○」以外何も書いていなかった。治療などもすることなく健康にすごしたんだね。暮らしている途中で、お兄ちゃん(場長)からお姉ちゃんに担当が変わって、きっとストレスだったよね。でもお姉ちゃんのこと徐々に好きになってくれてるのがわかって、最後には大変な甘えん坊になってくれて、お姉ちゃんはとても嬉しかったです。

今日もたくさんタッチしてくれてありがとう。
たくさんなでさせてくれて、ありがとね。
今頃シャワーに入り、ゆっくり寝ていますか。
お昼に特別に沢山ごはんあげたけど、お腹すいてないですか。喉乾いてないですか。
場長やぼくと過ごしたこの1年、きみは幸せだったかい?

ぼくは死んでも地獄行きかもしれないけど、もしも天国へ行けるようなことがあれば、またその時はお姉ちゃん!ってタッチして最高の笑顔を見せてね。

どうか安らかに眠ってください。
おやすみなさい、さよなら。149。