そんなのアリー【第一夜】

アリかナシかでいうと完全にナシ

 

薄暗いような、明るいような。オレンジのような、紫のような。朝のような、夜のような。きっぱり断言できない、不思議で気持ち悪い空だ。それともか、ベッドに横になって窓越しに見ているわけだし、この景色はもしかしたら夢かもしれない。ぼんやり曖昧にさせていた意識を、徐々に自分に返していく作業をする。

部屋に閉じこもって鍵までかけて、クソほど暑いのに窓も閉めきって、家の人たちは、寝ているか、出かけているか、テレビを見ているか-。わからないけど。そういう、実際にいる人間とか、実際に流れる時間とか、実際に通わなくてはならない学校がどうとか、そういう情報に私はもう、とうとうついていけなくなってしまった。

頼んでもいないのに勝手に朝が来て、勝手に夜になり、その短い間に高校生のするべきらしいことは山ほどあって、でも正直、私はそれどころじゃない。特に最近は離人感がひどくて、このままだともしかして別の人格が出てくるんじゃないかと思うくらいだ。

入院はしばらくしていないが、田舎の精神病院はドグラ・マグラに出てくるようなスゴイところで、マジで人間として扱われない。入院したらかえって病状が悪化して、悪化しつづけて、死ぬまでもう二度と出られないようなところだ。これは大げさではなく、前回入院した女性病棟には家族に見放された四十年、五十年選手が山ほどいた。というかそういう人が大半だった。

どこの病院だって急性期病棟以外は、病院が家みたいな人たちがいるけど、そういうものじゃない。「入院している」というよりも「収容されている」という感じだ。当たり前みたいに面会なんて誰もこないし五十年もこの中だけで暮らして外に出てないってんだから、会話すら難しい。だからそこの病院に関しては、二週間入院したところで少しだけ怖くなって、担当医になんとかお願いして、無理やり退院させてもらったのだった。

建物も相当に古く、人里離れた山奥にあって、いかにも昭和の時代の精神病院というところだ。『セーシン・ブンレツビョー』の人がいっぱいいそうな雰囲気で、いや実際いっぱいいるんだけど。だから、なんというか、入院はなるべくなら避けたい。だって、まだ若いし、なんとかなるかもしれないから。私は。

いくら精神病の白痴離人女子高生とは言っても、多感な、いわゆる思春期だから、何か思うことは多少あるのかもしれないけど、今はそれすら思い出せない。ロリコンどもから掠め取った金や、ヤフオクで転売して得た金。そんなあぶく銭で買ったヴィヴィアンウエストウッドで全身を包み、他の高校生に笑われるような制服の着こなしをして、ニーチェフロイトを読み漁り、共依存対象を朝から晩まで振りまわす。挙句、一人きりになった瞬間、自己嫌悪に陥り手首を切る。気付くと完全に手遅れな、人生を点で捉えるタイプの頭の悪いメンヘラと化してしまった。

何故?と聞かれると、わからない。

小学生の時に診断されたナンチャラ発達障害が原因かもしれないし、史上最悪な家庭環境が原因かもしれない。十二歳の夏に火炎放射器で脅されながらレイプで失った処女のことや、母親の再婚相手に毎晩犯されていたことも、心の隅では、本当は少し気にしているのかもしれない。こう、書き出してみるとひっでーな。大人が悪くて、私は悪くないとしか言いようがない。

いや、そんなことより、クソ。間違えて静脈を切ってしまった。結構な量の血が吹き出る。明日は、八月十一日。どうしよう。外は、家の中よりも暑いかな。ベッドも制服も赤く染まる。そういえば、シンジは何してるかな。パパは〜。ん〜、ああ、気持ちの流れがない。腕がぬるい。気持ちいい。

窓からはやはり、時間の概念を失ったかのような空がジロジロと私の愚行を覗いていて、その気持ち悪さは私を嘲笑する人たちの雰囲気と、とても似ている。

これが私の、十五歳の夏の空だ。私だって思う。こんな青春時代、完全にナシ。

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