自己救済ツール

いくら文章を書きたいって思っても、すんなり書くことが出来ない。ライターの仕事をすぐに断念した理由もこれだ。

一方、文章とは全く無関係のところで結構苦しんだり悩んだりしていると、文章を書かなくてはならないという使命感が芽生えたりする。
そういうもんだ、と深く理由を追究したりもしなかった。でも今日は少し考えてみることにした。

前にも話したかもしれないけど、ぼくが文章を書き始めたのは小学校時代で、当初は自分が自分で楽しむためのものを書いてたわけ。
例えば好きなバンドのメンバーとか漫画のキャラの夢小説とか、それっぽいポエムとかそういうのだ。
たまに小説を書いたりもしたけど、それも人に読ませるために書いたわけではなかった。

それは絶対人には見せなかったし、妹がぼくの小説ノートを盗み出して「ウチのおねえちゃんは天才だ」とクラスメイトにふれてまわった時はブチ切れて妹の部屋の窓ガラスを割ってしまうくらい、恥ずかしかった。

中学になってからは家庭問題が悪化したり精神を患ったり、まあとにかく色々な問題が山積みで、とても学校に行けるような状態になく、たまに学校へ行き教室に入ると「あっ、アイツ来た…」とヒソヒソ話のネタになり、やはり保健室登校が望ましいという結果になっても、やることがなくて帰る羽目になった。

しかし自分の安寧は間違っても家という場所にはなく、帰らずに時間を潰せるツールを探すこととなり、それがたまたま、公園とシャーペンとノートだった。

絵を描くという方法もあって実際色々描いたりもしていたけど、だんだん文章を書く時の息抜きみたいな形になっていった。

雨の日でもぼくは公園に行って、傘をさしながらビッチョビチョになりながら、ぼくが今考えてることや感じていることを言葉にした。
別に誰に見せるわけでもない、自分のためのただの日記みたいなポエム群だ。

久しぶりに保健室登校をした時、またやることがなくて詩を書いていた。
先生が何書いてるの?と尋ねてきて、はじめは別に……という感じだったんだけど、あまりにしつこくて観念してノートを見せた。

すると先生が「素晴らしい、これを見て勇気づけられる生徒がこの学校に何人いるかな。しばらくの間、保健室に貸してくれない?誰が書いたとは言わないから」と申し出てきた。ぼくは呆気にとられるばかりで、ぼーっとしたまま、はいと返事をした。

その日の帰り、昇降口でぼくを馬鹿にしている女のグループがたむろしていて、嫌な気持ちになった。もしかして、あの詩集もまたバカにされる材料になるんじゃないかな。キメェって笑われるんだろうなと思った。

またしばらく学校へは行かず、朝にスーパーで昼メシを万引きして一日中公園で過ごす日々が続いたが、寒さに耐えられる季節ではなくなってきてしまい、かといって家に居ると義理父に何をされるかわからないので、仕方なく保健室登校に戻ることにした。

預けたノートを久しぶりに見ると、なんだかくたびれていた。
「これ誰か、読んだの?」と聞くと先生は「しばらくの間、誰でもみれるようにこのテーブルに置いてたの。中見てごらん」と言って笑った。

1ページごとにひとつひとつの詩に、色んな人が感想を書き込んでいた。
正直ぼくは見られることが恥ずかしかったし、ぼくのノートに勝手に落書きするなと思ったけど、書かれている感想のひとつひとつが僕の心を揺さぶったのには違いがなかった。

1番多かったのは「もっと書いて」という言葉で、その時のぼくはかなり素っ頓狂な顔をしてたと思う。なんの言葉も出てこなかった。

ぼくが毎日毎日、家族のことや恋愛のことや学校のことや犯罪にかかわることについて必死に悩んで苦しい思いをし、精神を患って閉鎖病棟にぶち込まれ、その絶望の緩和のために自分のために書いていた詩が、人に評価されるとは思ってもみなかった。

嬉しかったし、腹も立った。

テメーらが「謎の女」「精神病」「怖い」とヒソヒソ話す、その張本人が書いたと知らずによくもまあそんなこと言うもんだな殺したいなという感じで、でも逆にぼくが書いたと知れていたらきっとこんないい評価をされて嬉しさを感じることも無かったんだろうと思うと、なんとも言えないくすぐったい気持ちになった。
心の救済にもなった。

その後すぐ転校して、結局置き去りにしてきたそのノートがどうなったのかは知らないが、17年後の今も、ぼくのからっぽの脳に浮いている少ない言葉の群れから今の気持ちを選んで、詩にするということを続けている。

辛い時に書きためた詩がいい評価をもらった瞬間になってしまったから、今でも『つらい=詩が救済してくれる』という自己防衛のためのツールとして続いているんだと、今日は考え行き着いてみた。人生が好調の時は詩を書こうなんて思いつきもしなくなるから、うん、多分そう。

精神ヤバくてしんどい時じゃないとなんも浮かばないし書きたくもないよ、っていう不器用なはなし。

犬に会いたいだけ

泊村の星空を見たら抑うつが悪化したような気分になった。

音も光もない。
ただ空に何万年だか何光年だか前の、今じゃない時の惑星の存在が無数にある。

仕事がナンタラとか旦那がナンタラとか、もう知らない。僕はもう生きてく自信が、理由がない。けど死んで無になった時、この悲しみや絶望すら消え行くのかと考えると、僕は死というものにすら自信も理由も見出すことが出来ない。

犬に会いたい。
犬の温もりを感じて、眠りたい。
カレイ釣りなんか、来るんじゃなかった。
今すぐ犬に謝りたい。
犬を抱きしめて、眠りたい。
大好きな犬たち、誕生日に何もしてあげれなくてごめんなさい。

犬に会いたい、犬に会いたい

鬱で、難しい言葉が思いつけない

窓の向こうの向こうから
蜩の声が響く
そのどこかから
夜長姫の笑い声が聞こえて
恐ろしい気持ちが流れ込む

助けてくれ
夜の窓に映ったぼくの顔は
どう見たってもう皺ができていて
あれ、ぼくは思春期ではないのか
あーはは、疲れちゃった

ふかい悲しみがぼくを抱く
やめてくれったって
やめてくれるわけがない
生まれて此方
取り憑かれているんだ

ただ普通の生活に憧れているだけなのに
それって罪でしょうか
いつになっても叶えられないまま
老いて死ぬのでしょうか

職も仲間も恋人も
何も失いたくない
神にとって
そんなぼくの思いは傲慢

世界を彩っていたすべてが
ものすごい勢いで薄れていく
色彩も光も影もない単調な世界が
またぼくを苦しめ壊しつくす

さようならぼく
さようなら、ぼく
またいつか 会いたい
ぼくに会えますように
さようなら

種オス149の出荷

昨年の12月に初めて種オスの出荷を経験して、あれから4ヶ月経って、今日二回目の種オス出荷があった。

2ヶ月弱くらい前に外部の偉い人が来た時、
「日令が行き過ぎているから出荷して新しいオスを仕入れなさい」と言われ、それから149を出荷すると決まるまでのあいだ、ぼくは「次はどの子だろうか」なんて嫌なことを考えながら精液採取をしていた。
とはいえ日令が行き過ぎていると言われたのは2頭だけで、その2頭はどのみちどちらも4月中には出荷しなければならないんだけど、どっちを先に出すか……採取台に乗るまでの時間や精液の状態など見れば簡単に決められるんだけど、ぼくはお得意の哲学脳に陥り少しだけ病んでしまった。

149は最近、採取台に乗らなかった。
毎回毎回4日周期でメスもいないのに必ず射精しなくてはならない暮らしが1年続いて、疲れちゃったのかな。

前回149の採取の時、ぼく頑張ったんですけど、ついに台に乗らないままタイムアップになってしまい、場長に相談したら「もうやらなくていい、出荷そいつにしよう」と告げられた。
出荷の日にちは決まっているのにどいつを出荷するのかをぼく自身で決められない状態だったから、その時は少しだけ肩の荷がおりた感じもした。ギリギリまでぼくに悩ませた場長はとても憎いけど。

今朝いつも通りにエサをやって、今日は別の豚の精液採取があったからそいつらの仕事をして、終わって、後片付けをしていると副場長がオス舎へやってきた。
心の中で「出荷の時間が来てしまったんだな」と思って、副場長を少しの時間見つめてから急いで149に水と餌をやった。
今日出荷しても屠畜は明日だから、それまでにお腹すいたなあ、のどかわいたなあと思ってほしくなかった。

副場長は向こうにいる誰かの合図を待っているみたいだったけど、間もなく右手を上げて、ぼくのほうに振り向いた。
ぼくはできるだけ冷静に「出すね」と言って、ストールの前部分を開けた。

ストールの前を開ける時ってのは豚を出す時で、豚を出す時ってのは149にとってはここ1年は精液採取の時しかないわけで、だから採取場の扉が閉まっていて149は「?」って顔をしながら採取場の前を通り過ぎ、1年前に入ってきた扉を出ていった。

できれば出荷台へ見送りをしたくなくて、しばらくオス舎から副場長が149を後ろからぶっ叩いたりして追い立てる姿を見ていたけど、オスは力じゃどうにもならないんだよね。人間なんて簡単に殺せるくらい強いんですよ。
それで149はやっぱし動かなくて、ああ、仕方ないなぁって、ぼくオス舎から出て先回りして149の前に立った。

そしたら149は「お姉ちゃんだ~!」だって顔して走り出した。オスは力じゃどうにもならないけど、信頼としつけでどうにでもなる。
ぼくがオス舎の担当になってから、オスは全頭前に立って口笛ふけばぼくんとこに来るようにしていた。
豚は犬と同じで条件付での学習ができる動物だから、でも、色々試行錯誤して得た、ぼくの自慢できる技だ。

ただいつもとは違う環境だし興奮して突進されたらひとたまりもないんだけど、ぼくはその時、別に死んだっていいやって思った。
だって殺すために出荷台に連れてこうって口笛ふいて呼んでるんだからね。
人間のために死ぬんだから。

自然と副場長とバトンタッチして、結局ぼくが出荷台まで149を案内する羽目になった。
何もしなくても出荷台までるんるんってついてきて、ほかの豚たちに混じってトラックを待っていた。

前回出荷した967は性欲枯れ果てぬままの出荷でメスたちに会えて喜びながらトラックを待っていたけど、149はもう女なんていらないって顔して、ぐるぐるまわってぼくのとこに戻ってきてタッチ(鼻をぼくの手のひらにパチンってやる技)して、またぐるぐる回って戻ってきてタッチして……ってのを繰り返して、ぼくはもうたまらなかった。

やがてトラックが到着して、副場長とかゆったんとかがオラオラ行けよ~って豚を搬出しはじめた。

149はお利口だからトラックに行きたくないわけではなさそうで、ゆったんに背中ポンってされて暴れもせず出荷台を出ようとしたけど、ふとこちらを振り返って、また戻ってきてしまった。
戻ってきて、それで今度はタッチじゃなくて「なでて」って顔を突き出して、ぼくの顔をじーっと見てきた。

後ろでは慌ただしく豚の悲鳴みたいな声とか人の怒鳴り声とかが聞こえて、ほかの豚が出荷トラックへ乗せられていくんだけど、一方でぼくと149のあいだはとてもとても、静かだった。

甘えている149の大きな顔を、ぼくは両手で大げさになでた。鼻の上、耳の後ろ、顎の下、全部をワシャワシャってなでた。
そしたら満足して、149は自分からトラックへ向かっていった。振り返らず、止まらず。
変なの。家畜が、家畜なのに、ぼくにお別れを言いに来たみたいに思っちゃったよ。

出荷報告に必要な個体識別カードを取りに、早足でオス舎へと戻る。
戻る途中で、ツーって静かな涙が出た。
泣き崩れたら止まらなくなるから静かに涙流しながら、できる限り何も考えずにオス舎までたどり着いて、真ん中にいた大きな149がぽっかりいなくなってるのを再確認した。
でも崩れたらいけないって、涙腺をギュッと締めた。

個体識別カードを外す。
そこには「2017年10月1日生、2018年4月1日導入」って書いてあって、その下に場長の字で「4/1 トレーニング○」とあった。これは去年の4/1のことだろう。

つまり去年の今頃ここへやって来て、まだ小さかった149を、場長が採取台に乗るようにトレーニングしたんだろう。最初はどんなだったのかな。落ち着きなかったのかな。どのくらいの大きさだったのかな。

さっきまで我慢していた涙が急にドバドバ溢れてきて止まらなくなりグスングスンとやっていると、ほかのオス達が「お姉ちゃんオレ達がおるで~」とツナギの裾を引っ張って慰めてくれた。

その後149のいたストールの中に入り念入りに洗っていると、隣の368が「お姉ちゃん大丈夫?てかその水くれ」と柵の間から顔を出した途端挟まって抜けられなくなるという事件が発生した。

抜けられずに痛がって物凄いギャンギャン鳴くものだから、場長がニコニコしながらやってきた。
場長が微笑みながら368の顔面を向こう側に思っきし蹴っ飛ばす。するとスポって顔が抜けた。
良かったな……とひと安心していたら、場長が「はい」と牙を手渡してきた。折れとる。

まあそんなおバカな事件があったおかけで、男の大事な部位を失った368には悪いんだけど、本当元気出た。

4月の下旬にまたもう一頭の大きなオスの出荷があるんですけど、その時はどんな気持ちになるだろうね。967の時も今回の149も、これ以上の悲しみはないって感じだったから、少しでも慣れたい気持ちはあるんだけどね。


149くん、一年間お疲れさまでした。
ぼくが入った頃は性欲旺盛で元気だったのに、日に日に精液量が減り、台に乗らなくなっていくきみを見るのが辛かったです。

けど本当、かわいかった。
1番体が大きいのに1番甘えん坊で、ぼくがオス舎に入ると真っ先に起きてタッチをせがむ。
タッチしたら口元を緩めて笑顔のような表情で舌を出して喜ぶきみの人懐っこさは、ぼくをメロメロにしたよ。

カードにも「トレーニング○」以外何も書いていなかった。治療などもすることなく健康にすごしたんだね。暮らしている途中で、お兄ちゃん(場長)からお姉ちゃんに担当が変わって、きっとストレスだったよね。でもお姉ちゃんのこと徐々に好きになってくれてるのがわかって、最後には大変な甘えん坊になってくれて、お姉ちゃんはとても嬉しかったです。

今日もたくさんタッチしてくれてありがとう。
たくさんなでさせてくれて、ありがとね。
今頃シャワーに入り、ゆっくり寝ていますか。
お昼に特別に沢山ごはんあげたけど、お腹すいてないですか。喉乾いてないですか。
場長やぼくと過ごしたこの1年、きみは幸せだったかい?

ぼくは死んでも地獄行きかもしれないけど、もしも天国へ行けるようなことがあれば、またその時はお姉ちゃん!ってタッチして最高の笑顔を見せてね。

どうか安らかに眠ってください。
おやすみなさい、さよなら。149。

題名なし

乱れ宵へ向かって早歩き
瓶底に沈むドス黒い欲望が
まだかまだかと
ぼくを呼んではほくそ笑む

黙れと叫んで汗垂らし
グルグルまわるアドレナリン殺し
平常心だって言い聞かす
そう、なんてことない色欲

街灯が橙色に横顔照らす
全身の細胞がきみを招く
どうしようもない
もうただ、どうしようもない

後悔ならとことんしよう
ゲロに塗れて新たになろう
見返りなんていらないよ
悔いて朽ちてまた会う日まで

マイラブリーピッグ

逢引き終えると やって来る
至福と絶望 くりかえす
とち狂った外見、忘れられない声、
意外な気遣い、ほどける空間
and more...割愛だけど

残った傷跡見返して
希死念慮にとりつかれ
泣いて笑って失って
なのにまとめて全部全部
愛してるなんて思ってしまうんだ

マイラブリーピッグ 強かに
蹴散らしてこうトゥルハッピエンド
進まない時計を持って歩いてく
きみとふたり
存在しない未来へ向かって

ガーゼを剥がすと 止まらない
支配と憎しみ くりかえす
とち狂った内面、聞こえない言葉
三日月お目目、見つめる無愛想
and more...割愛だけど

腐った愛につまずいて
無感覚と闘って
泣いて笑って失って
なのにまとめて全部全部
愛してるなんて思ってしまうんだ

マイラブリーピッグ 清らかに
迎え入れてこうベリバッドエンド
掴めない何かを探して笑ってる
きみとふたり
存在しない愛へ向かって

知らないどこかにはあるのかな
ぼくたちがつくれない
ぼくたちというかたち
譲りあって重ねあって認めあって
本当はやさしい関係なんだよって
まあ、あれか、しらんけど

マイラブリーピッグ 強かに
蹴散らしてこうトゥルハッピエンド
進まない時計を持って歩いてく
きみとふたり
存在しない未来へ向かって
きみとふたり
存在しない愛へ向かって
マイラブリーピッグ

2018

2018年のこと

今年はなんといっても、養豚場への就職がメインの年となっただろう。

6月に初めて社長と会って内定した後も、鬱だのアレルギーだの困難な問題が色々とあった。
当初予定になかった夫の内定もあった。
本格的に働き始めたのは9月の末だから、実はまだ3ヶ月しか働いていないことになる。

つまり本格的に働き始めて10日程度で場長に恋をしたんだな。

ぼくの養豚場でのお仕事は、場長がいるから頑張って慣れることが出来たし、今だって場長の部下として、場長の彼女として存在しているから続けていられるわけで、やはり命と向き合う仕事というのはまず人並み以上の精神力がないとどうにもならない。

死んでほかの豚に食われて半分骨だけの腐った豚を見ても、自分に都合のいい綺麗事を無理やり思いついて、どうにか折り合いをつけなくてはいけない。

沢山かわいがった特別な豚の出荷が決まっても、ありがとうと言って、出荷台に自らの手で押して、後腐れすることなく通常の作業をしなくてはいけない。

全身うんこ塗れになりながら、一日中豚の顔面を蹴っ飛ばしてぶん殴って注射打って洗浄機でびしょ濡れになって怒鳴り散らされて頭ぶっ叩かれて、豚の匂いが全身に染み付いて取れなくて、この現代にこんな仕事あるのかって、今でもそう思う。すごい仕事だよ。

でも正直、すげー生きてるって感じする。
つまんないとか、なんのために頑張ってんのかわかんないとか、そんなことが無い。
一切ない。ゼロ。

喜怒哀楽、五感、すべてが原始的な体験です。
ぼくはしばらく、畜産を止められないと思う。

来年は早々からゆったんとの別居があり、春になれば場長の嫁が毎月実家へ帰り、さて、どうなるかな。

自分の幸せがいまだに何なのかわからないけど、多分好きに生きて怒って泣いてとまたできるなら、それは実りある1年なんだろう。

仕事では豚と闘って、家では犬とゲームして、寝て、食べよう。

皆さんも幸せになれとは言わないけれど、どうか、好きなように生きられますように。

今年もお世話になりました。

種オスの出荷に初立会い

ぼくが面倒を見ている種オス967の出荷立会い。

967の出荷は見ないつもりだったけど、我が場長が「見ないとダメ(^^)おまえが出荷台まで誘導すんの(^^)」と命令してきたので、仕方なく従うことになった。

種オス舎から途中までは場長が967を誘導して、そこから出荷台まではぼくが誘導して、最後ゆったんが、トラックにのせた。

出荷台に入るとしばらく不安そうにぼくの顔見てたけど、他の出荷されるまわりの豚が全員メスだって気づいた途端めっちゃテンションあがって、どいつにしよっかな?って女のケツばっか追っかけ回してて、さすが967って笑った。

1年間メスに会うことも出来ずにヒトに精液採取され続けていたから、最後にハーレムを経験出来て、ホント良かったね。そりゃ嬉しいわな。

女と楽しそうにイチャついてる967を最後に見る967にしようって目に焼き付けて、振り返らないようスタスタ出荷台を去って、さっきまでやっていた離乳舎の洗浄に戻った。

さあ気持ちを切り替えてやるぞって思って、周りに誰もいないけど少しニコってした顔作って、思い切りケルヒャーの高圧洗浄機のレバーを引いた。

ブオーーーーン!って、すごくうるさい。
何故ならケルヒャーの高圧洗浄機だから。
その洗浄機の何事も無かったみたいな音を聞くと、何故か急に悲しくなってきて、思わず膝から崩れ落ちた。そんで突っ伏したま声出して泣いた。めちゃくちゃ泣いた。

しばらくするとガチャって扉が空いて、ゆったんが入ってきた。

なんか言いたげに近寄ってきたから、なに?って声をかけたら、ゆったんも急に泣き出した。ぼくが967の話したから、親しみが湧いてしまって、あとエサ当番の時もあったから、入社した時から居たやつだから、って話しながら、ボロボロ涙流してた。

場長は通路で出くわしたときに、
「泣かないの?(^^)もう泣く?(^^)967は明日ミンチになります(^^)」ってからかってきてむかついたけど、でもよく見ると場長も泣いたんだなって顔してた。

今日は暖かいシャワーを浴びてゆっくりして、きれいになって、明日屠畜。

967くん、
ぼくに精液採取の仕事を時に厳しく、時にやさしく、丁寧に教えてくれてありがとね。

きみのちんちんはヌルヌルしていてやりにくかった。量が多くて疲れた。

ちょいブサな967くん。
隣の183に変な声で話しかける967くん。
撫でたらやめろって言いながらも何回もせがむツンデレの967くん。
ぼくが種オス舎に入ったら、でっかい体を起こして話しかけてくれる967くん。

今までよく頑張ったね。
本当にありがとう。
お疲れさまです。

養豚をやってみるNo.7〜近況報告

養豚場に入って一ヶ月経った。

当初、ガンガン豚を蹴って叩いて出荷してやるつもりで運転免許まで取得して入社したが、アレルギーという想定外のトラブルに見舞われた。


回復の兆しはなく、僕がやる予定だった仕事は急遽夫に入社してもらって、引き継ぐことになった。


では今養豚場で僕が何をしているのかというと、事務仕事全般。あとは、AIと呼ばれる人工授精の研究室で雄から採取した精液の仕事を色々やっている。


三角木馬みたいな変態的なオナニーマシーンで雄に精液を出させるのは、農場長の仕事だ。

僕が今やっていることも元々はすべて農場長の仕事だったので、研究室には決まって、農場長と僕の他には誰もいない。


農場長と聞くと麦わら帽子のおじいさんのような人をイメージしがちだが、この農場長は違う。

僕よりも結構年下で、社内でも二番目に若い。しかしキャリアとしては一番長く、社員のマネジメントも余裕でできる将来安泰の素晴らしい青年だ。


そんで、素晴らしい青年と聞くと爽やかな頭のいい笑顔の素敵な人をイメージしがちだが、この農場長はそれとも違う。

まず金髪で、よくわかんないけど常にニヤニヤしている。ニコニコじゃなく、ニヤニヤだ。

非常に不敵で、場面にそぐわなくて、最初見たときなんかは、大麻かな?と思ったくらいだ。


毎日青のツナギを着て、ニヤニヤしながら、雄豚の精液を採取して、ニヤニヤしながら、僕に精液の仕事を頼んでくる年下の上司、妻子あり。


此奴は非常に厄介で読めないところが結構あるが、間違いがないのは僕たち夫婦を非常に面倒見てくれていること。同時期に他に三人入社しているが、僕たちをえこひいきと言っていいほどに可愛がっている。


それともうひとつ間違いがないことがあって、下劣な話なので、いつでも消せるようにそれは別記事にしよう…


この一ヶ月、やめるとかやめないとかパワハラとかババアの嫉妬とかなんかいっぱい人とのトラブルがあったんだけど、とにかく、この不思議な農場長のおかげで、僕はまだ養豚場で働くことをやめずに済んでいるという、まずは近況報告。

どうやって生きたらいいのかがわからない

自分の現状はひどい。

養豚の仕事はアレルギーが重篤で、現在休職中。
 
朝4時に起きて、2時間ゲームをして、寝る。
11時頃にまた起きて、さあて今日は何をするかなって、
iPadiPhone、本、など、ベッドの上に色んなものを広げる。
 
描きかけのキモいイラストの続きをやるか・・・?
でもマジでキモいし自己満だから、気が進まない。
ガチ勢でやってるソシャゲか・・・?
でも今のイベントは完走済みだし、育成くらいしかやることない。
聖書を読むか・・・?
でもこんな堕落した生活で聖書を読むこと自体、罪じゃん。
そんな中途半端な作業がたくさんあって、どれも気が進まない。
何かを終わらせたいという意欲もない。
 
部屋は実に猥雑で、無駄にでかい食卓テーブルの上は酒の空き缶が30〜50くらい溜まっている。
コンビニの袋や、飲みかけのペットボトルもたくさんあって、食卓などできるスペースはない。
床は犬が散らしたティッシュやゴミ、クッションの綿、脱ぎっぱなしの衣類などが散乱している。
ゴミ屋敷と言われれば、そうかもしれない。いや、多分そうだ。
それなのに、掃除するという選択肢はない。
コバエとの共存にも慣れてしまい、死にたい。
 
自分はこんなクソみたいな環境に生きていても、何か自分のためだけのことをしたい。
そう思って、パソコンを開く。
液晶が割れてるから、HDMIで他の液晶につなぐ。
液晶を直すのに5万かかるらしいから、仕方ない。
 
僕みたいなやつは、デスクトップは奇妙なほど整理されているものだ。
アイコンはひとつもない。
そんで、じゃあまず、キモい音楽をかけよう。歌ってみたとか、そういうやつ。
それから、自分を整理しなければならない。ブログを書くべきだ。
ということで今こうして近況を書いてるわけだけど、はっきり言ってめんどくさい。
だから、誰かにメールを送るくらいのテンションで書いている。
 
自分はどうやって生きていいのか、わかんない。
遥か昔、仕事は仕事、プライベートはプライベートと割り切って生活できていた頃があった。
それは、演劇をやっていた時だ。
1日が二部に別れていて、仕事をして、終業後は演劇をするのだ。
書き出すと超簡単に思えるけど、今の自分には到底できない。
仕事も趣味も同じくらい、やる気がない。
二部のために一部を頑張るという考え方ができない。
 
2011年〜2013年ころ、独身で、毎日ススキノで死ぬほど酒を飲んで、死ぬほど肉を食って、
死ぬほどセックスしまくって、色んな人を騙して金を得て、すっごい楽しかった。
バカみたいなきちがいみたいな犯罪者生活だったけど、本当楽しかった。
離婚したいな〜。とは言っても自分ら夫婦は他の夫婦とはだいぶ違うこともわかっているけど、
でもひとりになりたい。不思議と、ひとりのときの方が、孤独じゃなかった。
本当、くだらないんだけど、夫婦という関係がこんなに孤独なら、
確かに子供の一人くらい欲しいとも思ってしまった。
でもそれは、ない。なぜなら僕たちは3〜4年セックスしてないし、したくないからだ。
 
僕には未来がない。
苦しい過去と、虚無ばかりの現在しかない。
明るい未来なんて未来永劫こないし、虚無のいまは苦しい過去となっていく。
死ぬのって、パワーがいるじゃん。だから、死ぬという選択肢もあんまない。
仕事して演劇して健康な生活を送るか、離婚してきちがいみたいな生活を送るか・・・
 
多分人は、こういう時に誰か家族とか、友達とかに話すんだと思う。
僕は正直に人に話すのが無理で、だから、こうやってインターネットに話す。
みんなは、どうやって普通に生きてるんだろう。どうやって、生きていってるの?
知的障害の僕に切実に、教えて欲しいよ。
 
どうしたらいいの?助けろよ

養豚をやってみる〜No.6 出社拒否

初出勤、ずっと夢を見ているみたいな心地だった。

終業後も事務所で休みのこととか、福利厚生のこととか、親切な人が教えてくれたけど、ひとつも何も頭に入ってこなかった。


どうしようもなく、夫や犬たちに会いたい気持ちになった。特に、犬たちを抱きしめたい。今すぐ。


そんなんで帰路を急ぐと、途中ネズミ捕りがいて、21kmのスピード超過で捕まった。免許を取ってから二週間しか経ってない。


踏んだり蹴ったりだ。普段ならケーサツファッキンの歌(作詞作曲ぼく)でも歌いながら帰るところだが、残りHP10程度ではそんなことすらままならず、フツーにボロボロ泣きながら運転して帰った。


そんで、今日は出勤3日目の予定だったが、昨日今日とズル休みをした。


初出勤が衝撃すぎて、気持ちの整理がつき切らぬまま今日が来てしまったから、仕方ない。無理なものは無理だ。


今日だって、朝の3時に豚の悲鳴と豚が鉄パイプのガンガン揺らす音の幻聴で目を覚ました。


まず、少しでも平静を戻さなくてはならない。正直言って今は仕事どころか、車の運転もできる気がしない。

悪夢みたいだ。

まるで、現実感がない仕事だ。

生き物の生死が、極端に曖昧な世界だ。どうやって気持ちの折り合いをつけていくかが、一番の問題に思う。


そこらに散らばる豚の死体、毎日出荷されていく豚の未来。自らの手が、豚の生死を決める瞬間が、1日の間に何回もある仕事。


それを考えると、糞尿の臭いだとか、通勤時間の長さだとか、そんなことは超どうでも良くなって、じゃあ養豚業に従事する者の一人として、豚とどう接していくべきなのかが大きい問題になる。


「子豚かわいい!尊い!」だけではやっていけないし、完全にドライになってテキトーやってれば豚は愛情を受け取らず、きっと肉も美味しくならないんだろう。


かわいい豚ちゃん、愛してる。

でも、きみたちは半年もすれば殺されて、食われる。

だから、せめて美味しくなれ。


そんな気持ちを強く持ちつづけるつもりだけど、やっぱり、出荷前に死んだ豚に対しての気持ちの持ち方がわからない。今はまだ。


2日休んで、多分明日も休む。

この2日間、僕は養豚をやれるのかわからなくなって、辞めようかとも思った。

でも、辞める理由が「豚の死がつらい」っていうんじゃ、もう僕は今後の人生で家畜の肉を食べることができなくなってしまうだろう。

食べる権利を失うだろう。

それは嫌なのだ。肉は美味いから。


餃子も、焼き鳥も、牛丼も、カツ丼も、ハンバーグも、僕の好きな肉料理は、すべて畜産の仕事をする人がいるからできあがるのだ。

よく考えれば当たり前のことなのに、日本の日常のなかでは、ある種の闇の部分として扱われる。

子供の食育を推進するくせに、ホントのところはひた隠しにする。


スーパーに売っているパックの肉を作った人の中には、僕みたいに泣きながらきんたまを取り出した人もいるかもしれない。

冷や汗流して狂乱しながら断尾する人もいたかもしれない。

その肉になった動物の兄弟は、肉にすらなれずに暗い畜舎で、自分の母親に潰され死んだかもしれない。

そもそも生まれてこられなかった兄弟や、生まれてもすぐ死んでしまった兄弟もいるだろう。


ヒトのために生まれてくれる豚たち。

僕はもーすこし、きみたちのお世話を続けたいと思う。明後日からは、ちゃんと行こう。ちゃんと向き合おう。

養豚をやってみる〜No.5 後悔

午後はエサやりと水撒きであっという間に終わってしまいそうだ。


水撒きの時に、さっきまで元気だった子豚がママ豚に押しつぶされていた。

慌ててママ豚を退かして子豚を取り上げると、目は閉じているけど体はまだ暖かかった。


でも怖くて、息があるかどうかを確認できない。


その時Tさんは別の畜舎に行ってて周りには誰もいなかったため、かなり焦燥した僕は、この前運転免許センターで教わった心臓マッサージを試したりしたが目を覚まさないため、大パニックとなった。

もし生きてたとして別の畜舎に人を呼びに行っても、その間に死んでしまったらどうしよう。


そんなことを考えてるうちに、子豚はみるみる冷たくなっていった。

取り上げた時にはなんとなく、もう生きてないってわかっていたけど、それでも、かなり後悔した。


死んだ子豚は通路に置いて記録を取る決まりがあるけど、それ故に、この子豚を通路に置くという決意もできない。死んだかどうか…は、まあわかってるけど、わかりたくない。僕がそれを決めたくない。


それで僕は何を思ったか、子豚の死体をママ豚のもとへ置いた。

すると、兄弟たちがわらわら集まってきて、死んだ子豚の体を手で押したり、においをかいだりしていた。なんか変って思っているのかな。それ、死んだよ。ごめんよ。


一方、意外に、ママ豚は無関心である。


十分後、Tさんが戻ってきた時に子豚を見せる。もしかしたらTさんならなんとかするかもしれないという淡い期待は崩れ消えて、無言で、たった今冷たくなった新鮮な死体を通路に置き、カルテの事故死の箇所にチェックをつけた。


助けられなかったんだろうか。諦めてよかったのか。

あるいは僕に知識があれば、死ななくて済んだのではないか。

後悔で押しつぶされそうだ。


養豚をやってみる〜No.4 断尾と去勢

出勤初日にやった作業の中で一番にメンタルを摩耗したのが、子豚の断尾と去勢だ。

合わせてペニシリンと鉄剤の注射もやるんだけど、それは簡単だし一瞬だからいい。


生後間もない子豚を取り上げて、まずは自分の太ももの間に後ろ向きに挟む。子豚はビックリして暴れ始めるから、エッて思うくらい強めに挟む。

チョロチョロ動かす尻尾を左手でつまみ、右手に持った器具で焼き切る。


焼き切るのは思ってる以上に時間がかかり、その間も子豚はピギーーーッ!と悲痛な叫び声をあげて泣きながら暴れまわっている。ちょん切った尻尾はバケツに捨てる。


焦ると焼ききれず、出血してしまうので慎重に、思い切って。躊躇すると尻尾が暴れて抜けてしまい、もう一度やらなくてはいけない。


続けて、今度は仰向けに太ももに挟んで、きんたまの所在を確認したら陰茎をニッパーでパチンと切る。

切れ目から睾丸をしぼりだして、尻尾と同じバケツに捨てる。それを、もう片方も。そして消毒を吹きかける。


こちらも焦ったり躊躇すると中の薄皮が残ってしまったり、切れ目が小さすぎて絞り出せなかったりして、もう一度痛い目に合わせる羽目になる。


最後にペニシリンと鉄剤を首の筋肉に注射して、檻に戻す。檻に戻すと子豚はよろめきながらママ豚に擦り寄って、ママも優しく子豚を迎え入れる。その姿を確認して、次の一頭。


こんな流れを、初日に13頭分繰り返した。


大変な恐怖に、手も足もブルブル震わせて、頭からはシャワーみたいな冷や汗を垂らしながら、先ほどの子豚の死の悲しみも引きずりながら、涙も流れてくるし、もう狂乱状態である。


しかも初体験でもちろん技術もないものだから、すんなりいけることの方が少なく、子豚には大変申し訳ない気持ちでいっぱいになる。


子豚を太ももに挟んだまま、深呼吸をしたり汗でビショビショになったゴム手袋を直したりすると、子豚は油断するのか大人しくなって、その度に絞め殺してしまったか!?とまた冷や汗を流す。


やっとの思いで、本当に死ぬような思いで、ようやく13頭を終わらせたのだが、その間にTさんはなんと40頭分を終わらせていた。


僕は「???」となった。


午後イチにまたエサやりをした時、僕が断尾と去勢をした子豚たちが死んだりしてないか気になって仕方なくなり様子を見てみると、子豚たちはまるで何事もなかったみたいに遊んだり眠ったりしていた。きんたまとしっぽを取られたことなんて忘れてるみたいに見える。


しかし豚には痛覚がないというわけではないし、怖い思いをしているんだから、なるべくなら手早く終わらせてやりたい。


Tさんには「落ち着いて、はじめはいくら失敗してもいいから」と言われて、放心状態の僕は二つ返事でハイと答えたけど、よく考えるとこんなに失敗の怖い作業もなかなか無いと思った。


養豚をやってみる〜No.3 生きてる子豚

見回りを終えると、エサ箱の掃除とエサやりをするよう頼まれた。

分娩舎なので、母豚一頭一頭、前日の記録を見ながらその豚に見合った量のエサをやっていく。


食欲旺盛で元気なママ豚は、僕がエサ箱の掃除をしようとして金具の取り外しを手こずると、すすんで手伝いをしてくれた。

エサをやると嬉しそうにガッついて足踏みをし、子豚をプレスしないか心配になるが、本当に美味しそうに食べるのでエサのやりがいがあるってものだ。


親豚くらいに大きくなると、顔にも個性が出ていて、なんか腹立つ顔の豚や、どう見てもブサイクな豚もいたりする。


けどエサを食べる時の笑ったみたいな顔は、どの豚もかわいい。


ママのメシ中、子豚は一箇所にかたまって、兄弟で暖め合いながら眠っている。かわいい。こんな愛しい光景はないだろう。


眠っている子豚にそっと触れてみると、予想以上に熱くて、やわらかくて、生きているのがわかる。初めて触った子豚は冷たくて硬い死体だったから、あまりの違いに驚いた。


さっき死体を目の当たりにした時は虚無感のほうが大きかったけど、生きてる子豚にふれた時、初めてどうしようもなく悲しくなって、周りに誰もいないことを確認して、子供みたいに泣いてしまった。


通路にはさっきの死体が放置されている。どうして他の兄弟と同じになれなかったんだろう。


とてつもなく深い、あわれみの気持ち。