自己救済ツール

いくら文章を書きたいって思っても、すんなり書くことが出来ない。ライターの仕事をすぐに断念した理由もこれだ。

一方、文章とは全く無関係のところで結構苦しんだり悩んだりしていると、文章を書かなくてはならないという使命感が芽生えたりする。
そういうもんだ、と深く理由を追究したりもしなかった。でも今日は少し考えてみることにした。

前にも話したかもしれないけど、ぼくが文章を書き始めたのは小学校時代で、当初は自分が自分で楽しむためのものを書いてたわけ。
例えば好きなバンドのメンバーとか漫画のキャラの夢小説とか、それっぽいポエムとかそういうのだ。
たまに小説を書いたりもしたけど、それも人に読ませるために書いたわけではなかった。

それは絶対人には見せなかったし、妹がぼくの小説ノートを盗み出して「ウチのおねえちゃんは天才だ」とクラスメイトにふれてまわった時はブチ切れて妹の部屋の窓ガラスを割ってしまうくらい、恥ずかしかった。

中学になってからは家庭問題が悪化したり精神を患ったり、まあとにかく色々な問題が山積みで、とても学校に行けるような状態になく、たまに学校へ行き教室に入ると「あっ、アイツ来た…」とヒソヒソ話のネタになり、やはり保健室登校が望ましいという結果になっても、やることがなくて帰る羽目になった。

しかし自分の安寧は間違っても家という場所にはなく、帰らずに時間を潰せるツールを探すこととなり、それがたまたま、公園とシャーペンとノートだった。

絵を描くという方法もあって実際色々描いたりもしていたけど、だんだん文章を書く時の息抜きみたいな形になっていった。

雨の日でもぼくは公園に行って、傘をさしながらビッチョビチョになりながら、ぼくが今考えてることや感じていることを言葉にした。
別に誰に見せるわけでもない、自分のためのただの日記みたいなポエム群だ。

久しぶりに保健室登校をした時、またやることがなくて詩を書いていた。
先生が何書いてるの?と尋ねてきて、はじめは別に……という感じだったんだけど、あまりにしつこくて観念してノートを見せた。

すると先生が「素晴らしい、これを見て勇気づけられる生徒がこの学校に何人いるかな。しばらくの間、保健室に貸してくれない?誰が書いたとは言わないから」と申し出てきた。ぼくは呆気にとられるばかりで、ぼーっとしたまま、はいと返事をした。

その日の帰り、昇降口でぼくを馬鹿にしている女のグループがたむろしていて、嫌な気持ちになった。もしかして、あの詩集もまたバカにされる材料になるんじゃないかな。キメェって笑われるんだろうなと思った。

またしばらく学校へは行かず、朝にスーパーで昼メシを万引きして一日中公園で過ごす日々が続いたが、寒さに耐えられる季節ではなくなってきてしまい、かといって家に居ると義理父に何をされるかわからないので、仕方なく保健室登校に戻ることにした。

預けたノートを久しぶりに見ると、なんだかくたびれていた。
「これ誰か、読んだの?」と聞くと先生は「しばらくの間、誰でもみれるようにこのテーブルに置いてたの。中見てごらん」と言って笑った。

1ページごとにひとつひとつの詩に、色んな人が感想を書き込んでいた。
正直ぼくは見られることが恥ずかしかったし、ぼくのノートに勝手に落書きするなと思ったけど、書かれている感想のひとつひとつが僕の心を揺さぶったのには違いがなかった。

1番多かったのは「もっと書いて」という言葉で、その時のぼくはかなり素っ頓狂な顔をしてたと思う。なんの言葉も出てこなかった。

ぼくが毎日毎日、家族のことや恋愛のことや学校のことや犯罪にかかわることについて必死に悩んで苦しい思いをし、精神を患って閉鎖病棟にぶち込まれ、その絶望の緩和のために自分のために書いていた詩が、人に評価されるとは思ってもみなかった。

嬉しかったし、腹も立った。

テメーらが「謎の女」「精神病」「怖い」とヒソヒソ話す、その張本人が書いたと知らずによくもまあそんなこと言うもんだな殺したいなという感じで、でも逆にぼくが書いたと知れていたらきっとこんないい評価をされて嬉しさを感じることも無かったんだろうと思うと、なんとも言えないくすぐったい気持ちになった。
心の救済にもなった。

その後すぐ転校して、結局置き去りにしてきたそのノートがどうなったのかは知らないが、17年後の今も、ぼくのからっぽの脳に浮いている少ない言葉の群れから今の気持ちを選んで、詩にするということを続けている。

辛い時に書きためた詩がいい評価をもらった瞬間になってしまったから、今でも『つらい=詩が救済してくれる』という自己防衛のためのツールとして続いているんだと、今日は考え行き着いてみた。人生が好調の時は詩を書こうなんて思いつきもしなくなるから、うん、多分そう。

精神ヤバくてしんどい時じゃないとなんも浮かばないし書きたくもないよ、っていう不器用なはなし。