養豚をやってみる〜No.6 出社拒否
初出勤、ずっと夢を見ているみたいな心地だった。
終業後も事務所で休みのこととか、福利厚生のこととか、親切な人が教えてくれたけど、ひとつも何も頭に入ってこなかった。
どうしようもなく、夫や犬たちに会いたい気持ちになった。特に、犬たちを抱きしめたい。今すぐ。
そんなんで帰路を急ぐと、途中ネズミ捕りがいて、21kmのスピード超過で捕まった。免許を取ってから二週間しか経ってない。
踏んだり蹴ったりだ。普段ならケーサツファッキンの歌(作詞作曲ぼく)でも歌いながら帰るところだが、残りHP10程度ではそんなことすらままならず、フツーにボロボロ泣きながら運転して帰った。
そんで、今日は出勤3日目の予定だったが、昨日今日とズル休みをした。
初出勤が衝撃すぎて、気持ちの整理がつき切らぬまま今日が来てしまったから、仕方ない。無理なものは無理だ。
今日だって、朝の3時に豚の悲鳴と豚が鉄パイプのガンガン揺らす音の幻聴で目を覚ました。
まず、少しでも平静を戻さなくてはならない。正直言って今は仕事どころか、車の運転もできる気がしない。
悪夢みたいだ。
まるで、現実感がない仕事だ。
生き物の生死が、極端に曖昧な世界だ。どうやって気持ちの折り合いをつけていくかが、一番の問題に思う。
そこらに散らばる豚の死体、毎日出荷されていく豚の未来。自らの手が、豚の生死を決める瞬間が、1日の間に何回もある仕事。
それを考えると、糞尿の臭いだとか、通勤時間の長さだとか、そんなことは超どうでも良くなって、じゃあ養豚業に従事する者の一人として、豚とどう接していくべきなのかが大きい問題になる。
「子豚かわいい!尊い!」だけではやっていけないし、完全にドライになってテキトーやってれば豚は愛情を受け取らず、きっと肉も美味しくならないんだろう。
かわいい豚ちゃん、愛してる。
でも、きみたちは半年もすれば殺されて、食われる。
だから、せめて美味しくなれ。
そんな気持ちを強く持ちつづけるつもりだけど、やっぱり、出荷前に死んだ豚に対しての気持ちの持ち方がわからない。今はまだ。
2日休んで、多分明日も休む。
この2日間、僕は養豚をやれるのかわからなくなって、辞めようかとも思った。
でも、辞める理由が「豚の死がつらい」っていうんじゃ、もう僕は今後の人生で家畜の肉を食べることができなくなってしまうだろう。
食べる権利を失うだろう。
それは嫌なのだ。肉は美味いから。
餃子も、焼き鳥も、牛丼も、カツ丼も、ハンバーグも、僕の好きな肉料理は、すべて畜産の仕事をする人がいるからできあがるのだ。
よく考えれば当たり前のことなのに、日本の日常のなかでは、ある種の闇の部分として扱われる。
子供の食育を推進するくせに、ホントのところはひた隠しにする。
スーパーに売っているパックの肉を作った人の中には、僕みたいに泣きながらきんたまを取り出した人もいるかもしれない。
冷や汗流して狂乱しながら断尾する人もいたかもしれない。
その肉になった動物の兄弟は、肉にすらなれずに暗い畜舎で、自分の母親に潰され死んだかもしれない。
そもそも生まれてこられなかった兄弟や、生まれてもすぐ死んでしまった兄弟もいるだろう。
ヒトのために生まれてくれる豚たち。
僕はもーすこし、きみたちのお世話を続けたいと思う。明後日からは、ちゃんと行こう。ちゃんと向き合おう。